阿佐ヶ谷美術専門学校研究科修了制作展 -OeDEN-

阿佐ヶ谷美術専門学校研究科修了制作展 -OeDEN-
展示会期2010年02月09日[火]〜02月20日[土]
開廊時間12:00-19:00(最終日のみ17:00まで。2月11日(木)建国記念日、2月14日(日)も休まず開廊します )
展示作家 板倉晃介/大貫賢太郎/小柏佑太/梶原麻奈未/木下洋佑/坂上友理/澤内雄太/寺越麻奈美/中見美萌/中村真舟/藤森友恵/本橋里美/山形桂司

「なにがOeDENたりうるのか?―OeDENをめぐる断想」

阿佐ヶ谷美術専門学校 科長 早見堯

阿佐ヶ谷美術専門学校研究科修了展OeDENにお越しいただきまして、ありがとうございます。厚くお礼申し上げます。展覧会のタイトルOeDENを説明することで、展覧会と作品の紹介にかえさせていただきます。

OeDENはこの展覧会のDMのイメージにあるように「おでん」と読むことができる。OとDのあいだにひっそりと顔をのぞかせているeに気づくと、「おでん」のなかに「エデン」を見出すことになる。言語学者フェルディナンド・ソシュールはスイス人だから「おでん」と「エデン」のアナグラム的結合は理解できないだろう。
「おでん」はやっぱり関西風が好ましい、と思うのはわたしだけだろうか。「今日の料理」風にいうと、熱が加えられているのかいないのかわからないほどの低温で蓋をしないで煮るのがよい。蓋をして高温でグラグラ煮立てると汁が濁る。そうなったら関東煮というらしい。だから「おでん」は意外と繊細で微妙だ。すぐ傷ついてメゲテしまうところが「青春」に似ている。
「エデン」の園を追われたアダムとイヴの双子の兄カインは弟のアベルを殺して「エデン」の東に逃亡する。カインは自分が捧げた作物を食べてくれない大好きな父である神にすねて人間最初の殺人者になったのだった。「青春の蹉跌」(今では誰も知らない石川達三の青春殺人小説)ではないか。日本にもカインがいたのだ。
楽園エデンと青春が結びつくと人生がざわめいてくる。スコット・フィツジェラルドの小説「楽園のこちら側」にも学生の青春の過激な逸脱が描かれていて、「青春の蹉跌」に近い。「おでん」の鍋が熱くなりすぎて具が暴れているかのようだ。
エデンの東へ逃亡するファザコンのカインは、映画「エデンの東」のジェームズ・ディーンによって見事に形象化された。母を思慕し父の関心をひこうとして歪んだ振る舞いに走る陰のあるキャル(ジェームズ・ディーン)。アダム=神ヤハウェ(父)とカイン(息子)のどんなことがあっても離れられないこうした親子関係の葛藤を描出したのが監督のエリア・カザンだ。
他方、エリア・カザンは母と娘の同じような関係も映画にしている。「草原の輝き」である。母の性的コンプレックスの影響をもろに受けた娘は恋愛に失敗して精神病院に入る。恋人は高校のフットボールの選手だ。あれっ、「青春の蹉跌」の主人公もフットボールの選手だった。「草原の輝き」はどこか村上春樹の病と性の青春小説「ノルウエイの森」を想いおこさせないだろうか。
青春は繰り返され、「エデン」も「おでん」も懲りることなく持続される。父と息子のやるせない葛藤の「エデンの東」映画化された前年の1954年に発表されたのが、父と娘の葛藤を小説にしたフランソワーズ・サガンの「悲しみよ、こんにちは」だ。父の恋人を自殺させてしまう娘セシールにはカインが女性の中にある男性性アニムスとなって潜んでいたのに違いない。
こうした青春の虚無的で無方向的な欲動は時に残酷に他者を傷つけ、時には自分自身を痛めつけてしまうことをこれらの映画や小説は示している。「おでん」も静かに加熱してさえいればふっくらと味が染みていく。ぐつぐつ強火で加熱すると汁と具、そして具同士の激しい争いがおきて、そのうち鍋の世界は濁って具の姿形が崩される。「おでん」と「エデン」はソシュールがアナグラムで指摘したように潜在的な深い関係で結ばれていることを認めないわけにはいかない。
「おでん」の汁は研究科のスタッフ、具は研究科生かもしれない。「エデン」を追われた父アダム(父は神ヤハウェ)は研究科のスタッフ、息子カインやキャル、セシールは研究科生だとしたら・・・。そうすると、「おでん」の鍋と「エデン」の東が研究科ということになるのだろうか。エディプスの三角とは無関係に親子の葛藤は危うい葛藤はいつまでも続きそうだ。

いたらないわれわれですが、これからも阿佐ヶ谷美術専門学校研究科へのご支援とご協力をお願いいたします。

「修了展への道-ゴルゴダまたはゴタゴタの丘へ」

阿佐ヶ谷美術専門学校 研究科助手 板川真梨子

新高円寺駅梅里方面出口の階段を駆け上がり、すぐ左の道に入る。右手に薬局を見ながら、丸い噴水と戯れる。横断歩道を渡って左脇に入る。
そして墓地沿いにまっすぐの道を進むと阿佐ヶ谷美術専門学校(アサビ)が見えてくる。
一見裏手に見える南側は、実はアサビの正門だ。この、正門のすぐ左手の建物が6号館。
この2階が研究科の621教室である。
扉の前の喫煙所では、時々誰かが煙草を吸っている。
ここ、アサビの研究科は、アサビあるいは他の美術学校を卒業した者が、さらに制作したいという意志を持って集う。
絵画、デザイン、映像など、専門に関わらず学生が学ぶ。おでんの具のように多彩だ。

さて、本展覧会は「2009年度研究科修了展」である。
各学生の制作はまるでゴルゴダの道行きのように、決して平易なものではなかった。
全ての人間を救うために重い十字架を担ぎ貼付けにされたキリストのように、自分にしか救えない他者や社会に寄り添おうとする者もいたし、あるいは自分を救えと神につかみかかっていったヤコブのように、創作を武器に自身の問題に斬りかかる者もいた。
もちろん、ただそうしたいからという、ごくシンプルな理由で制作する者も当然いた。

研究科では、課題やテーマは与えられない。
時に先生からの提案はあるかもしれないが、それは強制されないし、他の学生と共通のテーマでもない。
確かに、課題と言う制約の中で学べる事も多いだろう。
しかし、彼らはすでにそれぞれ専門の「課題」をこなして来ているという前提がある。
だから、今度は自力で問題提起する。その上で制作物への評価を受ける。
自分に何かを自分で課し、それをクリアしなければならないのは、創作に限らず普遍的な人としてのあるべき姿だ。
人間が生きる理由など、どこからも何も与えられない。しかし、ただ死なぬために人生を使い果たしてはいけない。
しかしひとたび学校を出れば、成長の度合いに応じた都合の良い課題などない。
だからこそ、与えられたものをこなすのではなく自分に何かを課しそれを達成させる事が、大きな意味での研究科の「課題」とされているのではないだろうか。
私自身かつて研究科の学生だったが、なによりもそういった、スタンスを提示されたように思うのだ。
本年度もまた、研究科学生がカリキュラムを終える。一年間彼らが自分に何を課し、そしてどのように歩いて来たのか。
彼らそれぞれが担ぐ十字架とは、一体どのようなものなのか。
そしてこれからまた、どこに向かって歩いてゆくのか。
私もそれを、あらためてギャラリーで見たい。

修了を前にしても、指導に当たられた先生方からすれば、まだまだ彼らに言いつけられる事も多いだろう。
また、ご高覧の方々の慧眼に見抜かれてしまう荒削りなところや、ごまかしもあるかもしれない。
しかし私には、誰もが変わらず魅力的で、愛おしく、そして懐かしい。
私は3年間、この研究科に助手として在任した。対象の奇妙な矮小化かもしれないが、自分の弟弟子に当たる彼らのすべてに、なにかと愛情をそそられるばかりであった。
いつでも、修了展というものは感慨深い。
展覧会ご来場の方々には、私からも深く御礼申し上げたい。